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グレー (最初だけちょっと下品です)

これは夢だ。
幼い頃の自分を後ろから見つめている、客観的に夢と気付ける夢。

「お前は人間なのか?」
「うん」
どこからともなく響く声に、幼い自分は迷わず答えた。

「お前は人間なのか?」

「…」
「人間と言っていいのか?」
映画のボールドに区切られたかのように覚醒した。今まで夢を見ていたからか、脳がじわじわと熱くなる感覚が残る。
「人間…俺は人間なのか?」
そう呟きながら自身の右手を見た。鉄で覆われて光を反射させる手だ。脊椎から伸びるケーブルが視界を遮りだし、手が上手く見えなくなった。
果たして自分は人間だろうか。
夢まで見たということは、今まで無意識的に自分の存在について何かしら思っていたのだろう。そうして夢に手を煩わせる結果となった。
体の一部を改造している人間は、この国では雨四光区に多く存在する。公害に起因する改造である。しかし自分のように体の5割が機械となっている者はいない。この夢を見た原因だが、潜在的なもの以外に思い当たる節があった。
昨日、四光区でたまたま会ったステンと共に昼食を摂っていたのだが、隣に座った男児が「お兄ちゃん、人間なの?」と問いかけてきたのだ。回答に困っていると、ステンが「立派に勃つし飯も食うから人間やで~」と答えると、男児は「じゃあ歩くのも走るのも出来るんだ!」と納得したため、ステンの言葉の意味を取り違えてくれたようだ。流石にステンには蹴りを入れたが、助かったのは事実である。しかし、この出来事が引き金となり、自分の中に疑問は残ってしまった。
もし似たような質問をされた時、どう答えればいいのだろう。
「人間…機械…」
その2択を脳に巡らせながら支度を済ませ、任務のため政令指定団体の支部へ向かった。
自分やアカタキがまず顔を出すべき場所はこの青短支部である。
「カルキ!おはよ!」
「おはよう」
アカタキは今日も意気軒昂であり頼もしい。政令指定団体とはそもそも孤児の集まりであり、支部長や管理官といった人々は酷く冷徹だ。子どもを駒としてしか思っていないだろうし、ステンが団体を毛嫌いするのも理解出来る。そんな空間だからか、アカタキのように明るい子どもは少ない。
「なーなーなーカルキ、アンケートやねんけどな?今日の昼ごはんラーメンとオムライスどっちがええと思う?」
アカタキは昼食のことになるとラーメン、オムライス、ハンバーグで迷う。この3種類は彼の中で常に食の上位に君臨しているのか、先日「ラーメンとオムライスとハンバーグがハーレム」等と訳の分からない寝言を発していた。ご飯に囲まれているのか、ご飯を囲んでいるのかすら分からない発言だ。
「この前ラーメンだったろ。オムライスがいいと思う」
「ほなオムライスにしよー!」
「…」
ふと、このように自分もアンケートを取ってみればいいのではないか、と閃いた。アカタキをじっと見ていたからか、彼は不思議そうに腰を曲げてカルキの視線から外れた。
「どないしたんカルキ!」
「あぁ、ごめん急に黙って。…その、俺って、人間と機械どっちに見える?」
「え!アンケート?うーーーん、分からへん!」
「そうか」
どうも、何も気にしてはいなかったものの、いざ聞かれると分からないのだとか。しかしアカタキにとって自分が機械だとか人間だとかはどうでもいいようだ。
「俺はカルキが人間でも機械でも友だちやしどっちでもええや!」
「ありがとうな」
彼はこんな言葉を気を使って言っている訳ではなく、ただ率直に言うのでいつも驚かされる。しかし自分の疑問はまだ晴らすことが出来なかった。
その後、アカタキはまだ用事があると事務室へ向かったため、一足先に任務を開始した。と言ってもごくごく普通のパトロールである。
場所は三光区。この国で最も犯罪率が高いため、頻繁にこの区画へと駆り出される。三光区を広く見渡すため、無料で出入りが可能な公共のタワーを登った。赤い錆びた手すりに肘をかけてながら街を眺めていると、タタタと鉄板を踏む音が背後から聞こえた。特に用事のない者がこんな所にまで登ってくるのは珍しい。このタワーで遊ぶならせいぜい下の階の室内展望台までだろう。と、少し疑問に思ったため振り返ってみると、そこにはクロスケが突っ立っていた。彼も人がいるとは思っていなかった様子だ。
「クロスケ、お前も任務か何かか?」
『任務 サボり』
「サボりか…」
いつもは手書きのメモで寄越す言葉だが、時々こうして携帯電話の画面に記入することがある。もう随分と文字を書くことに慣れたのだそうだ。クロスケ自身の努力もあるが、きっかけはステンの教育にあるのだろう。
丁度いい、彼にも意見を伺ってみようではないか。
「アンケートなんだけど、俺って人間と機械、どっちに見える?」
クロスケは無言で首を傾げた。
『なんでアンケ?』
「俺、自分がどっちなのか分からないんだ。どう見える?」
可哀想だとも、面白いとも思っていない、興味のなさそうな表情を見せる。しかし、律儀にもこの問いに答えてくれた。
『どっちって聞かれたら分からん』
クロスケもアカタキと同じ答えであった。
「そうか」
そうは言ったものの、クロスケはだんだんと興味が出てきたのか少しばかり真剣に考えだした。
”少しでも気になったなら気が済むまで考えろ”
先日ステンがそうクロスケに言い聞かせているところをこっそりと見た。以前の彼ならこうはならなかったろう、これぞステンの教育の賜物だ。
クロスケはまた別の回答を出した。
『どっちかと言うと人間』
理由を尋ねたところ、自分自身のこととなると今のように迷ってしまつ節がある、とのことだ。機械は迷わない。指示通りに答えへと辿り着く。
「…なるほど。参考になった」
会話が終わると、クロスケは摩カンサクのメンバーに見つかったのか、軽く手で挨拶をしてすぐさま飛び立った。あの暴力に染まっていた人間の成長を垣間見れた有意義な時間であった。
一つ、感動したのはいい事だが、それでもまだ自分の疑問は晴らせない。どちらかと言うと人間。やはりどっちつかずで妙な気分だ。このような疑問は、結局彼が最も適した言葉を渡してくれる。

「……」
「なんや」
「…………」
「ちょ、はよ言うてや!!もどかし~~~ってウォラァ!!!」
「いてっ」
流れに身を任すまま三光区の闇市へ入り込んだ。どの道、今日はこの辺りの巡回を強化しろとの命令が出ている。
「おあ?ステン、友人か?」
「そうそう〜俺の事好きすぎてここまで来ちゃったハート、やってさ」
「ダハハ!捕縛の間違いじゃね?」
「うっさハゲお前にはもう薬売らん」
「ごめんって~」
闇市の一角にある露店。どうやら今日はここでステン本人が作った薬を販売していたようだ。自分が来た頃には既に売り切れていて、彼はもう露店の奥に引っ込んで休憩していた。ステンがこちらに気付くと「ここで消えたら誰も探してくれへんで」と言ってすぐさま腕を掴み露店の奥へと引き込んだ。そうして今に至る。
「で、わざわざこんな所まで来てどうしたんや?無言貫きまくっとるけど、まじで捕縛とちゃうやんな?」
「違う違う、その…」
自分は国が運営する団体の団員であり、彼は闇市にて違法に製作した薬を、違法に販売している見事な捕縛対象なのだ。最初は楽しそうだったその顔も、流石に不安が浮かび上がってきていた。
「捕縛じゃないから…えっと、俺って人間と機械、どっちだと思う?」
「ぶはっ!!!カルキ!昨日のことめっちゃ引き摺っとるやん!!」
「笑われると思ったから黙ってたんだよ」
ステンは腹を抱えてケラケラと笑っている。それはもう涙すら出てきそうな程に。そこまで笑うことだろうか?と思ったが、原因はどうやらこれだけではないらしい。
「ごめんごめん!いやだってさ、朝アカタキくんが『カルキって人間系?機械系?』とか聞いてくるやん!なにその肉食系草食系みたいなん!しんど!ほんでな?さっきクロスケから『カルキってどっちかと言うと人間?』ってくるやん!お前!!全員惑わせててほんま面白すぎるんやけど!アハハハ!!」
「筒抜け…」
もちろん口止めをしていた訳でもないし、あの二人がステンにこの悩みを共有していたっておかしくはない。
「これで俺んとこ来てくれんかったら泣いてたわ」
と、スっと無表情になって言った。そんなもしものことが最も悲しいと目だけで訴えている。
ステンは息を整えてこの疑問に対する回答をした。
「まぁ正直、人間寄りの機械でええやん」
「でもなんか、スッキリしなくないか?」
薄々気付いていた。自分は何かが気になっていて、それに対して悩んでいるから困っている、とはもう言えない。誰かに決めてもらい、その責任を負って欲しいのだ。
「いいねんでその辺グレーでさ!」
「グレー…」
ステンをもってしても、この悩みにとどめを刺してもらえないのだろうか。そう思った時、先程までの笑顔とは打って変わって静かな笑顔でこう言った。
「う~ん大変な性格しとんな~!カルキくんはグレーゾーンを知ることから始めるべきや。全部白黒ハッキリ付けやなあかん訳とちゃうねんで?まあそんなグレー苦手なカルキくんのために一応”明確なグレー”言っとこか」
「明確なグレー?」

ステンは一息ついて明確なグレーが何であるかを解説し始めた。

「カルキは人間ベースからの改造して5割機械、つまり生命体に色々付け足してんのや。やから、俺的に機械は間違ってると思うで?お前が背負った順序とは全く違うからさ」
「人間ベース…」
「で、人間が腕をメカにしたり、義眼突っ込んだりしてくの、大昔のSF映画とかでよく表現されとったやん?ほら」
「………あ」
「サイバネティックなんちゃら!カルキはサイボーグくんや~」
”機械” ”人間”このふたつに取り憑かれすぎてしまい、サイボーグという存在がすっかり頭から抜け落ちていた。
「サイボーグか…でもそれって相手の求める答えから逸れるんじゃないのか?」
「え~~~やん数学とちゃうんやぞ?道徳に近いって多分知らんけど!てか、お前自分の中の疑問やのに、わざわざ人の気持ち考えすぎやろ。そこまで人の物差しいらんのよ」
「…」

「っていうことで、昨日は人間って言っといたけど、カルキはサイボーグやで。かっこいいし、それでええやん」

頭の中でカンカンと法廷のガベルの音がなる。同時に騒いでいた何かが静かになったように思う。
「…そうか、それでいいのか」
「良かったな~ちゃんとジャンル確立されてて。はいお悩み相談室終わり!ほな、今日はサボろ?」
「え?」
「グレーよグレー!今日1日くらいサボったってええや~ん!サイボーグっていうグレー見つけました記念でサボり!」
こうしてまたこちらの殻に亀裂を入れてくるのだ。心から欲が流れ出しそうになる。
「いや、でも任務が」
「任務パト(パトロール)やろ?大体そんなん警察の仕事やからゲーセン行こ?俺今から夕方まで暇やねん」
ステンは行くとも行かないとも言えずにいる自分に対し、真剣な目付きでこう言った。彼はいいカモ…遊び相手を見つけると、どんな手を使ってでも連れて行こうとする。
「こっからワンモコ行って、ゲーセン行って、ヤク中のおっさんおらんタイプのボウリング行って、その辺適当に店見て帰るんや」
政令指定団体のことを人魚だなんだと言うが、どちらかと言うとステンの方がセイレーンに近い。
ワンモコとは「ワンダフルモコシティ」という店名のハンバーガーショップである。彼が語るプランだが、とても魅力的に聞こえる。こんなにも欲深いのだ。彼の言うとおり、自分は立派に意志を持つサイボーグである、間違いない。
「…たまにはいいのかな」
「いいってサボれサボれ、人間もサイボーグも機械も、ガス抜き放電必要やねんからさ~」
ステンは遊び相手を確保したからか、随分と気分が良さそうである。彼に強引に誘われ、こうして任務を放棄するのはこれで3度目だ。いくら欲深くても自分はここまでしてもらわないとサボれない。

闇市を抜けて、三光区の比較的綺麗な場所へ向かった。チェーン店等はこの辺りに多い。ワンモコへ入店し、カウンター席で料理を待っていると、隣の男児が不思議そうな目でこちらに語りかけてきた。
「お兄ちゃんって、人間なの?」
「う~ん…サイボーグだよ」
「サイボーグ!?すげー!超宇宙革命児のレジストみたい!!」
「え、な?超宇宙…?」
突如自分の知らない言葉が飛び出し困惑した。すると隣に座っていたステンが信じられないという表情で話す。
「は?お前超革(超宇宙革命児)しらんの!?これはアカン、今度授業します」
「??」
そういえば似たような言葉をアカタキも言っていたような…そこで大変なことに気づいた。
「あっ…アカタキに連絡してなかった」
「え」
と慌てて携帯電話を見ると、何件もの通知が入っていた。

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一方三光広場にて、あっちへ行ってはこっちへ行って、困った顔をしながらうろつく少年が叫んでいた。


「カルキーーー!!どこにもおらんやーーーん!!!!」

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