必殺技名会議の意義 (暴力表現・暴言←かなり酷い・流血表現があります)
三光区 ステン クロスケ宅にて
皆ひとつの机を囲み、静かに互いの目を見合った。まだ昼だ。日差しが机を少し照らす。静寂の中、流し台にぴちょんぴちょんと水滴の音だけが響いた。
一体何が始まろうと言うのだ…
「はい!第35回!必殺技名会議開催します!!」
「…」
「…はい」
「俺らこんなくだらん会議もう35回もしてんの?」
「くだらんくない!!だって俺らが戦う時、『オラァ!』『ウォラア!』『ッシャォラア!!!』しか言うてへんねんで!?なんとかしゃんな!」
「ァ〜謎会議から帰りたい〜でもここ俺の家〜〜〜」
「悪いなステン」
思えばこの会議、なぜアカタキの家でせずにわざわざ危険な三光区まで出向くのだろう。すると、アカタキは早々に理由を話した。
「許して!俺ん家大きめの机ないから!」
だそうだ。
アカタキは早速自分の考えてきた技名を披露した。
「ほな俺のからいくで!」
「はい〜はよ終わらせてゲーセン行こ」
「”新・東さわり”!」
「えっ、旧は何なん?」
「え、えと、吾妻さわり」
「一緒やん」
東さわりとは津軽三味線に装着された部品のことだ。部品は竿の先端にあり、三味線で最も太く尚且つ低い音の出る『1の糸』の下にある。東さわりがあることで何が変わるかと言うと、響きが変わるのだ。おそらく聴けばわかるだろう。尚特許は「東さわり」ではなく「吾妻さわり」で登録されているらしい。
アカタキが遠くの敵を攻撃する際、東さわりで響きを調節して三味線から波動を送っているのだ。
「ほら次クロ!」
「……」
技名だなんて、妙に恥ずかしくてすぐさま席を立った。するとアカタキがこちらの裾をグッと引っ張り逃がさない。
「ちょ!あかん!行かんといて!これ決定事項なんやで!!」
なにが決定事項だ。そもそも技名と呼べるようなことはしていない。戦闘で自分がしていることと言えば、せいぜいベースをならすか鉄パイプで殴るかくらいのものだろう。
「俺らが決めたるから行かんとってや!」
余計に逃げたくなった。
「クロはな〜えっとな〜…よう黒い服来とるからな、漆黒のサクリファイス」
「捧げんな」
「サクリファイスってどういう意味なんだ?」
「生贄」
「へぇ、よくそんな言葉知ってたな」
以前アカタキと一緒に遊んだゲームにそんな名称の武器があった。おそらくそこで覚えたのだろう。
この技名、1つ問題がある。自分が捧げるのか、捧げられるのか。もちろん後者は嫌なのでアカタキに抗議の文書を送る。
『アカタキを サクったる』
「動詞にすんな」
アカタキの元に滑らせたメモは、ステンによって即座に自分の元へ送り返された。
「あかん、このままやったらツッコミがもたへん!はよ終わらせんで!」
ステンは腕を組んでうんうん唸る。編み出した技名はこれだ。
「ズバリ!ブラックスポット・エレキや!」
場内、沈黙の嵐である。
「え、何?」
「いや、割といいなと思って」
「俺のサクファイよりかっこよかった」
「あ…そう…まぁ俺やし…?」
ステンは少々動揺しつつ手を胸に当てて満足気な顔をする。カルキの言う通り、自分もあまり嫌ではなかった。
ブラックスポット。大音量の重低音を聴き続けた際に起こる体調変化のことを指す。低音が体内に残り、意識がとびかかる危険な状態だ。
実際低音公害は存在し、人間は15Hzのような『超低周波音』 (人間の可聴域を超えた低周波音)の音を聴き続けると体調不良になるという結果が報告されているのだ。これは巨大な工場地帯が集結した雨四光区で最も多く、公害のひとつとして挙げられている。
自分の得意楽器であるベースのピークは67Hzあたりだろうか。バスドラムに被ってしまわないよう削られることが多いが、バスドラムに次ぐ低音であり、ブラックスポットという言葉はうまく技名に浸透している。
「クロスケも納得してるっぽいし次行こや」
時計回りで当てられていっていることを考えれば、おそらく次はカルキだ。カルキへ視線が集まる。
「………俺か?」
「うん、多分」
カルキは数秒考えて答えを出した。
「メカメカドリームナイト」
「ブハッ!!」
「お前それマジで言うてるん??」
アカタキは耐えられず腹を抱えて笑っている。カルキの戦う時の様子はメカメカドリームナイトのようなふんわりと可愛らしいものでは無い。ウネウネと配線、機械、武器やらを生成し、容赦なく敵へ総攻撃する様はクリーチャーどころか邪神に近い。
「え…じゃあメカメカクリティカ」
「待って、メカメカは違うと思う。カルキは漢字の技名が似合うと思う」
よく配線や管を使って敵の動きを封じ込めている。そこでネーミングセンスの神が自分に舞い降りた。
『封魔』
「お〜!ええやん!」
「どうやって読むん!?ふ、ふ、ふうま?」
『ふうま』
「なんで封魔なんだ?」
『よく動きを封じてるから』
「あぁ…確かに、結構縛ってるかも。よく周囲を見ているよな。じゃあ次」
声が出ず自分が静かである分、目と耳だけは達観している。素直に褒めて貰えたことに対して嫌な気はしなかった。
次はステンの番だ。
「うーん…ふふ、火炎放射」
「あー!それモコットモンスターであったその名前!!アウト!」
「いやだってな、俺ってそんな技名つけるレベルのことしてへんねん、火吐いてるか銃撃つかやで」
すると、アカタキがバンと机を叩いて立ち上がった。
「あ!待って!?ステンさん!この前ここの窓ガラス割られた時にさ『正当防衛ビーム』って言ってたやん!」(短編 「日常」参照)
「…ほんまや」
「あぁ、あの絶対攻撃も受けるカウンターか」
和気あいあいと話し合っていたところに、電話のベルが鳴り響く。カルキの携帯からなっているようだ。
「はいもしもしカルキです。……あ、はい、三光区にいます。…はい、え、ひったくり?すぐ向かいます」
カルキは電話を切って悪いと言い立ち上がった。
「任務?」
「うん。ひったくりだから俺一人で─」
「は〜悪いな。相変わらずここの警察は賄賂渡さな動かんでクソの掃き溜めやわ。てか任務終わったらそのままゲーセン行かん?」
ステンは机に頬杖をつき提案した。全員必殺技名を決めたことだし、外出するには丁度いい頃合だろう。
「あー!行きたい!」
「ほんじゃ俺らもついてくわ。ほら、クロスケも行こ」
案の定アカタキは提案に乗り、ステンとアカタキに引っ張られてそのまま家を出る。最後に家から出てきたカルキは、周囲に聞こえるか聞こえないかくらいの声量で「ありがとう」と言った。
ひったくりが起きた地点には三光区のシンボルのようなタワーが建っている。4人で隣の大きなビルからタワーへ飛び移った。カルキはいいポジションを見つけると、双眼鏡を生成してひったくり犯の逃げそうなルートをみた。
「…あ、なんか追いかけられてるな。持ってるカバンもキラキラした可愛い感じだ。逃げてるやつの服装的には合ってないな。三光広場から南の方」
「南?闇市方面やな。ほな追い込み漁業するか〜!カルキそっから指示ちょうだいよ、あの辺入り組んでるから上からの目必要やわ」
「了解」
タワーにカルキを残し、3人で飛び降りた。アカタキはカルキに向かって何か要望を言っている。
「ほなな!あ!カルキついでに美味そうなたこ焼き屋さんも見つけといて!?俺腹減ってきてる!」
「無理そう」
「うそやんーー!!」
と叫びながらカルキから随分と離れた。
カルキから支持を受けつつひったくり犯の逃げ回る場所まで屋根を飛び移り走る。
「なあクロ!ステンさん!俺、この辺の道全然分からん!」
「あ〜〜三光で1番入り組んでるからな〜!アカタキくん屋根からサポートしてや。俺とクロスケで挟み撃ちしたいけど、この辺ほっそいT字路多いからなんぼでも逃げれんねん」
「わかった!」
「んじゃ俺下走るわ!クロスケは俺が合図したら下りて!」
ステンの指示に頷くと、彼は建物から建物に繋がる洗濯糸等を駆使して道へ飛び降りた。
入り組んでいていくらでも逃げることが出来るからこそ、この三光南では闇市が盛んに開かれるのだ。ひったくり犯しかり、拉致団体しかり、犯罪者の多くはここに潜伏する。カルキが迷いなく双眼鏡で南を見たのには、こういった理由があるからだろう。
カルキから指示が来ているのか、ステンが携帯で話しながら細かい道を走り回る。それをアカタキとともに追った。
「このひったくり!あたしのカバン返せ!!」
と息を荒らげる女性がいた。
「クロ!ビンゴや!」
その言葉に頷く。ステンはひったくり犯の男と建物越しに並走し、追い越して左に曲がった。
「おいひったくり!」
その言葉を聞いた男は慌てて来た道を戻ろうとした。
「クロスケ!」
ステンの指示を受けて屋根から飛び降り、男を挟み撃ちにした。ベースから波動を炸裂させると、今度は何やら柵を乗り越えようとする。ステンの言う、こういう時に面倒なT字路だ。
「アカタキくん!」
「ウォラーー!!!はよゲーセン行きたいんや!さっさと捕まれ!」
願いを込めて三味線をかき鳴らし、屋根から波動を飛ばして男の退路を防ぐ。楽器隊には近づけまい、とやつはステンの方へ走り出した。
「邪魔だどけ!!」
男はステンを殴る。ステンが龍皮を固めていたからか、やつの拳はいくらか骨にヒビが入ったろう。手を震わせ随分と悶えている。しかしステンも当たりどころが悪かったのか口から血を流していた。
「あだー!!いった!……オルァア!!」
ステンは硬化させた拳でボディーブローを食らわせた。普段、ステンは頑なに隠そうとするが意外にも肉弾戦が得意なのだ。何せ殴られることに慣れているため、自分よりも先に相手が倒れてしまう。技術的な面ではなく、忍耐力の面で得意と言えるだろう。
吹き飛ばされた男は腹を抱えて呻いている。ステンは男のそばにしゃがみ、銃口を男の頭に向けてこう言った。
「ハハハ、にいちゃん今ここでどたまぶち抜かれるかブツ返して出頭するかどっち選ぶ?」
「うるせえ黙れ!」
「あ〜あ〜クソ汚水野郎のせいで俺らの必殺技名会議は強制終了やで!?やることやんのも死んでからにしろや!ああ!?おら出頭か!?はい3、2、1」
会議は面倒でくだらないのではなかったのかと素直に疑問に思った。
「おめぇみたいなガキに─」
バンッ、銃声から0.5秒後、男の叫び声が響き渡る。
「アカタキくんはハッタリかますけど俺のはハッタリちゃうで!どうするんやー!?はよ答えやんかぃ!!」
「出頭します!出頭します!!」
男は即答し、痛む足を無理やり折り曲げて土下座した。
「俺、ハ、ハッタリとかせーへんし!」
アカタキが屋根から弁解している。どうでもいい。
追い詰めたのを確認したからか、カルキがこちらまで来た。そして体から生やした配線で男を縛る。
「はぁ、はぁ、お疲れ様」
カルキは大急ぎで来たからか息が上がっている。
「おつかれさん!」
「カルキ!ステンさんちょっと怪我してんねん」
「俺のはすぐ治るからそいつの足止血したって」
カルキは男の足を見て考えた。
「……まぁこれはこいつからだな」
優先順位を決めて止血に取り掛かる。
止血をしながらカルキがステンに問いかけた。
「相変わらず殴られてからだったけど、撃って大丈夫だったのか?」
「大丈夫大丈夫、人間の足って血管いっぱいあるから数本切れてもいけるで。な??」
「はい…はい…」
男は怯えて同意人間と化している。
「え、ええ…」
カルキはそんな様子に少々引きつった表情を見せた。
警察への引渡しを行う際、できる限り顔を覚えられたくないため自分とステンは姿を隠して様子を見る。
引渡しが終わったからか、カルキたちが自分たちの元へ来た。今日はそのままたこ焼き屋やゲームセンターへ向かうこととなった。
道中、カルキがそういえば…と話した。
「結局、必殺技名は言えたのか?」
「あっ」