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鳩友

路地裏の非常口から下へ下へと階段が続く。降りた先には少量の光が差し込む広い空間があった。何かの工場だったのだろう、馴染みのない機械たちが整列している。闇市で品物を売り捌いた後、厄介な輩どもに家を特定されぬよう、家とは全く真逆にあるこの場所で1度休憩をするようにしていた。なにせ、自分が販売しているものは”薬”だ。白い粉やブツと称される方ではない。正真正銘の薬である。漢方薬のようなもので、効果も売れ行きも良い。遠回りをする理由はその売上を守るためでもあった。
銹錆ではこういった廃れた場所がいくつも存在するのだが、この場所が最も常温を保っており、なおかつ穴場であることからここを気に入って使用している。恐らく自分と、割れた窓から入る鳩ぐらいしかいないだろう。窓の先には少々大きな広場があり、鳩の巣があったはずだ。
ステンは今日も通常通り、この薄暗い工場跡で特に何かを考えるわけでもなく、ひたすらぼうっとしていた。
すると、迷い込んできたのだろうか、鳩が近づいてきた。
「…鳩やん」
「クルックー」
鳩は浴衣の裾をクチバシで啄む。
「ちょ、さよならーどっか行ってー」
「ポッポー」
「おい、ほらしっしっ、はいさよならー!」
手で払い除け用とするも、それを上手くかわしては相変わらず裾を啄んでいる。
「いや避けるか普通?」
と言いながら鳩をまじまじと見てやった。鳩は何食わぬ顔でこちらを見返す。
「人馴れしすぎちゃう?」
鳩、と言えば、伝書鳩。そんなことをふと思い浮かべた。帰巣本能のある生き物の中でも、鳩はその本能が特段強く、通信方法として活用されていたのだ。そこで突然閃いた。
「…もしかしてお前、俺の手紙を受け取る!みたいな任務任されてんのか!?」
「クルポッポー」
「おぉい、今の鳴き声ちょっと特殊やったやろ!これマジで…可能性あるん…!?」
なんだなんだ突然非現実的ではないか、心做しか気持ちが弾みだす。
「よっしゃ、分かった。なんか書くわ!」
ひとまず自分の周囲に起こっていることを、簡易的に記した。
「出来たで!」
そうして誤字がないか文面を読み直す。
『なんか鳩来てるんですけど大丈夫ですか?』
思いの他まともな文章になった。
「おい鳩!あ、なんかあだ名の方が良かったりする?ポッポちゃん、ポッポちゃんに任せたでコレ」
鳩の右足に輪ゴムを使って紙を括りつけた。何かあってはいけないため、輪ゴムは緩くしている。鳩は嫌がる素振りを見せない。括り終えると、バサバサと飛び立っていった。承ったと幻聴がしそうなほどスムーズだ。
「いや半分冗談やってんけど、マジで伝書鳩なん?」
本当に誰かの元に届くのだろうか、と鳩を見送り帰路についた。


翌日、再びあの場所へ足を運んだ。流石にあれは鳩の気まぐれなのだろうと思い、階段を下った。
「ポッポー」
「え!?」
驚いたことに、例の鳩が自分を待っていたのだ。あの人を舐めきった眼差し、間違いない。
「ポッポちゃんやん」
いやいや、謎の鳩が名も知らぬ相手にメモを届けてくれた、なんて出来た話があるわけなかろうと鳩の足を見た。またも自分の予想は外れ、自分がつけた輪ゴムとは色の違う輪ゴムが括られている。
「マジか…返事来てるやん。こっから始まる恋とかあったりする?まあ俺はソニちゃん一筋やけどな」
一体どんな返事が書かれているのだろうか、少々胸を高鳴らせてつつメモを開いた。
『知らない鳩に任せて手紙送ってくるとか、ヤバいよね。』
「喧嘩売っとんのか?買わんぞ」
その手紙に返事を書いているお前はどうなのだと心の中で反論した。特にすることも無いのだ、返事でも書いてやろう。
『1言目それってマジか?お前友だちおらんやろ。』
微妙に喧嘩を買っているような気がするようなしないような、まぁいいかと再び鳩に任せた。
「頼むでポッポちゃん〜」
そうしてまた帰路につく。

翌日、やはり鳩はいた。階段を下る自分を怖いくらいまじまじと見ている。怖い。
「は、はいはい。分かってますよ、見ます見ます」
そう言って鳩からメモを預かった。
『その通り、友だちがいないんだ。鳩友なってくれない?』
「鳩友って何??その命名センス、こいつ普通に友だちおるやろ」
ツッコミが止まらないではないか。それにこの自身の問題点を隠そうともしないその態度。こいつは中々癖の強そうなやつだと、興味が湧いてきた。
『1ヶ月お試しでええで。』
と書いてまた鳩に任せた。

翌日。そろそろこの行動が日課になりつつある。また鳩からメモを預かる。
『結構長いな。1週間でいいよ。』
「え、みじか!!」
なぜ、1週間なのだろう。引っ越すからだろうか。しかし送るのは鳩だ。鳩には引越し先に戻ってきてもらえばいいでは無いか。それとも鳩からするとそれは難しい話なのか。
何故か、妙にこの期間が気になった。
再びペンを握る。
『なんでそんな短いねん、まあええけど。ほな今日から1週間な。どこ住んでるん?』

1日目
『五光市。そっちは?』
「は?五光!?激強納税者やん」
五光市とは政令指定都市の1つであり、銹錆で最も生活水準の高い都市である。言葉通り、年間頭が痛くなるような税金を納める能力がなければ、あの都市で住むことは不可能だ。
また返事を書いた。
『三光やで。まさか五光で鳩友とか言うやつおるとは思わんかったわ。』
「ポッポちゃん、お前も中々ええ暮らししてそうやな〜。行ってらっしゃい」

2日目
『三光?クソ野郎の掃き溜め区画じゃん。君もクソ野郎なの?』
「やっぱ喧嘩売ってる?喧嘩売ってる???」
正直なところ、その例えは何一つ間違っていないが、実際に住んでいる人との会話で言うことだろうか。実はちゃんと友だちがいるのだ…なんて前言撤回だ。
『それは見てから判断してや。お前ガチめに友だちおらんな。なんで鳩送り出してん。』
クソ野郎ならとっくの昔に鳩のことを蹴り飛ばしているだろう、自分は優しい方だと思いつつ返事を書いた。

3日目
『なんかさ、面白いことがしたくなったんだよ。こういうの、ワクワクする。やってみたかったんだ。』
「ふーん」
否定はできない。何せ手紙を送り出したのは自分からなのだ。
『気持ちは分かる。普段からこういうことすんの好きなんか?』
無神経な発言が目立つが、存外ユーモアの溢れる性格なのかもしれない。まだ何となくやり取りを続けた。

4日目
『いいや全く。最近になって始めた。そしたら結構色んな発見があって楽しかったんだ。今までそりゃもちろん、ちゃんとした友だちもいなけりゃ手紙を送る相手もいないし。うちは金融財閥だから金でなんでも手に入るけど、それじゃ楽しくなくなったんだ。』
「おいおいおい、俺ヤバいやつと鳩友してもうてるやんけ」
その金で友だちを買えばいいじゃないか、なんて思ってしまった。いいや、本人がそれでは満足出来なくなったのだ。しかし、一体どうしてそこまで吹っ切れたのだろう。
それはさておき、また返事を書いた。
『金融財閥?お前んとこ絶対政治家と癒着しとるやろ。もしかして最近横領疑惑もみ消したあの大臣とユチャックしとったりして?笑けるな。まぁそれはどうでもいいとして、お前その湯水みたいに出てくる金使って好き勝手旅行したらええやん。楽しいで。』
書いた通り、そういった新たな楽しさを求めるなら、行ったことのない地へ踏み込み、新たな価値観を得ることが1番ではないか?
そう、友だちもいないのだ。一人旅でもしてみろ。得るものは大きいぞ。
また鳩を送り出した。

5日目
『三光で住んでる割に賢いね。』
「こいつ毎回喧嘩売ってくるやん」
悪態をつきながら続きを読んだ。
『ご名答だよ。ベンガラ大臣は利害の一致でうちと癒着してる。これ、バラしちゃダメだって言われてたけど書いちゃった。まあいいや。
それと、旅行ができないから鳩メールをしてるんだよ。』
「まあ良くないわ」
鳩友がバラしてはいけない重大な情報を、口に油でも差しているのかという程簡単に滑らせてしまった。身の安全のためにもこの1枚は燃やしたい。
それにしても、なぜ旅行が出来ないのだ。そんな財閥ともあろうお方が。彼、もしくは彼女とやり取りするうちに、妙な違和感が増え続けていた。
突然吹っ切れたかのように始めた奇行。しかし期限は1週間。金では得られない何かを求める気持ち。身を滅ぼすような情報の提供。そして旅行は”できない”
いっそ、一か八か尋ねてみようではないか。なにせ、鳩友期間はもうあと2日しかないのだ。

『えらいもんバラしてきたな。めっちゃ話変わるんやけどさ、お前、死ぬんか?』

6日目
いつも通り、鳩がいた。もうこの行動が習慣化しそうだ。
『どうして分かったの?』
何だか、少しでも人生を満喫してやろうという気持ち、もうどうなったっていいような気持ちが文字から見えたような気がしたのだ。まるで終わりが見えているかのよう行動している。
このような状態の人を、自分は見たことがあった。
幼い頃、まだ自分の鱗の効能すら知らない頃だったろうか。今は亡き名医の父に社会見学のため仕事現場を見させてもらったことがある。とある病棟には余命宣告を受けた人々がいた。自分はそのうちの1人と仲良くなり、様々な話を教えてもらったのだ。手前のベッドにいた人は宣告を受けて自ら命を絶ってしまっただとか、そんな話だ。
彼は、もう死ぬんだったら少しでも人生を満喫したいと言って、身体が本当に動かなくなる前に時折病室を抜け出してはジャンクフードを食べたり、遠い場所へ旅行をしていた。とにかくやってみたかったことを1から100まで試みた。
そんな彼に、似ていたのだ。
『バレたなら白状するよ。実は癌を患っているんだ。全身に転移してて余命はわずか、君が最後の話し相手だよ。こんなバカみたいな行動に付き合ってくれてありがとう。楽しかった。』
メモをクシャクシャにまるめ、放り投げた。
「あのさ〜〜〜こいつほんま、俺の事なんやと思ってんねん。お人形かなんかかおい。こんなん教えといてこいつ、何?撤収?クソ、寝覚め悪すぎるやろ。いや聞いたん俺やし始めたん俺やけど〜〜〜」
俯いてうだうだと言った。顔を覗き込んできた鳩と目が合った。鳩はきっと、返事を受け取るまで裾を引っ張るのだろう。
「………チッ、クソが。…癌か…癌やったら…」
歯を食いしばって自分の鱗を5枚程剥いだ。
「いっ…………………た。クッソ痛い、5枚取るとかまぁ無いわ。感謝せえよな…俺に、感謝せえよなマジで、マジで俺に、この財閥野郎…」
血で滲む二の腕にガーゼを当てて適当に処置をした。そしてペンを握る。
『最後の最後に全部投げ出しよってこのクソ野郎。取引や。お前がバラした癒着情報、あのメモの筆跡は俺が預かる。その変わりに俺の鱗あげるから、絶対刺客とかスナイパーとか送ってくんなよ。鱗は砕いて粉にして、薬に混ぜて飲め。あと鱗の効能は絶対喋んなよ。喋ったらお前んとこの財閥終わるからな。』

7日目
『君、賢いと思ってたけどすっごいバカだよね。本当に信じられない。』
メモの文字が滲んでいた。
「こいつ……」

「最後まで喧嘩売ってくるんかい!!」
折れ線まみれのメモを浴衣の袂に入れ、最後の返事を書く。
『バカで結構。』
もうこの鳩ともお別れなような気がしてきた。めいっぱい鳩を讃えてやろう。
「よし、ポッポちゃん!多分これで最後や、お疲れさん!結局お前が1番感謝されやなあかんわ。ご主人様にちゃんと抗議せえよ!」
「クルポッポー」
鳩は光差し込む窓を抜け、遠く遠くへ渡った。

後日
どの新聞も、どのニュースも一面を飾るのはとある財閥に関してであった。
『なんと、フェイツオーサン財閥のテヅカヤマ氏が奇跡の復活を遂げました。末期癌で余命宣告を受けて─』
ニュースを見ていたのだが、インターフォンがなった。一昨日頼んだ荷物でも届いたのだろう。
「お前、運良かったな。旅行せえよ」
とテレビの画面に言い、玄関へ向かった。

『何かコメントをお願いします!』
『鳩が、オリーブの代わりに命の恩人を届けてくれました』
『鳩?命の恩人!?どういうことでしょう!テヅカヤマ氏!もう一言、もう一言お願いします!』

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