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狢の決別 (暴言が多いです)

「殺られたくねぇならこの薬全部よこせ!!」
という典型的なセリフを吐いたのは紛れもなく強盗であった。こちらに銃を突きつけて怒鳴り散らかしている。
両手を上げて、左斜め上を見た。そこには特に何もなかったが、こちらもお返しに大声でこう言った。
「あぁっ!!!ポリ(警察)や!!」
「なん!??」
強盗が上を向いた隙にこちらもハンドガンを取り出して強盗に向けた。
「殺られたくないんやったらさっさとどっか行けやクソ野郎!!」
「ハッタリか?そんなおもちゃで動じると思ってんのか!あぁ!?」
なんだろう、この男、常習犯ではないのか銃の構えからなっていない。
 これは圧倒できそうだと大声のついでに一発威嚇射撃を強盗の足元にお見舞した。
「ガキやからって舐めとんちゃうぞ!次は足腕!あと顔にぶち込んで最後に腹スクランブルにしてぶっ殺したるわハゲ!!」
「クソッ…!!」

 すると突然、こんな場所で聞けるわけがない"声"が聞こえた。

「す、ステンくん!大丈夫!?」
「そそそそそそそソニちゃん!!!?」
 なんとその鳥のさえずりのような声の主は、絶賛自身が片思いするソニであった。 

ソニのことだ、おおよそ道に迷ってこの危険な場所まで来てしまったに違いない。彼女の方向感覚は拍手喝采ものなのである。
 それにしても先程の暴言は聞かれていたのだろうか不安でならない。暴言を打ち消すかのように取り繕った。
「おぉい!な、な、な〜〜んちゃって!!!スクランブルエッグ食べたいですって言いたかってんでマジで!!」
 ソニが近くにいるというのにこの蛮行を知られたくないと右往左往する。元より強盗が悪いのだが、こんな言葉ではどちらが強盗かも分からないではないか。
 こちらの品や売上全てを盗られたくない、かと言って優しい言葉で強盗を牽制できる気もしない。どうすれば円満に解決できるのだろうか。そうだ、円満になればいいではないか。
強盗の両頬を鷲掴み、こちらの囁き声が届くほどまで互いの顔を近付けた。
「おい何しやがふぉっ」
「…おい強盗、事情が変わってきた。薬二…いや三袋まけたるからソニちゃんに何の恐怖感も与えずこの茶番終わらせて頼む」
「ソニちゃん…?何言ってんだてめぇ」
「お前は薬貰えてハッピー、俺はソニちゃんを安心させられてハッピー、ついでに世間話の時の話題にもできて一石二、三鳥や。ええか?今から俺とめっちゃ仲良ぴアピせぇよ」
強盗は押し黙る。何故だ、こんなメリットしかない話他では見られないだろう。そこは普通二つ返事でゴーサインだ。
すると、黙っていた強盗が口を開いた。
「”ぴ”が多すぎる…」
「うっさいわ何呑気にツッこんどんねん、そもそもこうなっとんのは5000%お前のせいやぞ。やのに、お前なんも損せんのや!ええか?俺に話し合わせろよ、絶対やぞ!!」
「わ、分かった」
二人でくるりとソニの方を向き、なんとも怪しい演技を始めた。これも彼女を安心させるため。それさえ出来れば今日はもうどうなったっていいのだ。それほどに自分の中でのソニへの優先度は高い。
「な、なーー!昔馴染みのヨシアキくん!俺ら、挨拶代わりに銃口向け合う仲やもんな!な!!」
 強盗はヨシアキって、誰!!?と顔にでかでかと書いている。もちろん今適当に思いついた名前だ、お前お前!と顎で合図すると、強盗もそれはそれは目も当てられないような芝居を始めた。
「お、おう!久々に会ったけど元気そうで良かったよ!」
「俺も超びっくりやわ!お前、あの頃から全然変わっとらんや〜ん!って言うことで俺らは普通に仲ええよ!びっくりさせてごめんやった!」
ソニも周囲の人間もみなホッと胸を撫で下ろす。
「そうなんだ…良かった」
 まさか自分のことを心配してくれているのだろうか。そんな心優しいソニにはこんな危険な場所をうろつかず、なんとも腹立たしいができるだけ彼女の恋人のウダと行動するように促した。近頃龍人拉致被害者も増えているのだ。なんとも腹立たしいが妥当な判断だろう。ソニの幸せが自分の幸せなのだから。
「あまり危険なことはしちゃダメだよ」
「ソニちゃ〜ん!大丈夫大丈夫、分かってるって!ほなソニちゃんも気をつけてなー!」
 本当はもっと話したかったが、この状況、そういう訳にも行かず、ため息を吐いて話しかけたくもない強盗に小声で呼びかけた。
「おい、ここで大っぴらに渡すと商売に響く。とりあえず売り切るまでそこの路地裏で待っといて」
「あ、あぁ」
 本当に渡してもらえるとは思っていなかったようで、少々あっけないような不安な顔をしている。

 正直なところどう足掻いて強盗の方が分が悪いのだから、この場で脳を撃ち抜いてやっても良かったが、ソニと会った日は正当防衛であっても人を殺す気になれなかった。

この日の分を売り終えて、薬を三袋手に路地裏へ向かった。壁に背をつき、膝を抱えて小さくなっていた強盗がこちらに気付く。だが、先程の威勢はもうない。
 強盗はこちらへとぼとぼと近付き、震える手で薬を受け取ろうとしたが、こちらは一度薬を持つ手を引っ込めて、誰でも守れるような条件を提示した。
「これ受け取ったら金輪際俺の前に現れんな!!…次は殺す、絶対に殺す、骨も遺さん」

すると、こちらの憤激を見たからか、もしくは罪悪感からか、強盗は膝を着いてタガが外れたかのようにポツリポツリと話し始めた。
「は、母が、病で…俺は、雇先が無くて金に困っていて…ああするしか無くて」
「で、ガキやったら抵抗できんやろ〜ってタカくくったんか?ふざけんな!やからってそっちの事情のために俺を巻き込むなや!!カス!言い訳も大概にしろよボケ!!」
 どうやら魔が差したものの、間が空いて我に返ったようだ。しかし、だからと言って相手を選んで害を与えようとしたこの男に対しては怒りが収まらなかった。
「俺はそうやって自分の理想利益のために弱いやつどん底に落とす奴がいっっちばん嫌いなんや!やられた方はたまったもんちゃうぞ!」
「………悪かった。すみません。すみません」
 弱い相手はいないかと値踏みをしたこの男もまた弱かった。
 改めて思い知らされた。この街は弱い者ばかりが集う街なのだと。そして時折、道徳を捨てねばならない街なのだ。
 ふとクロスケが過ぎる。相手を選ぶという点で言えばそこの強盗とは違うが、目付きは同じだった。自分だって、この高性能な鱗がなければ薬を作れず生きるだけの金儲けも出来ない。いつ、どう転ぶかも分からない。
 結局、同じ穴の狢なのだ。
「……ほら。これ三袋あれば後天性の病気は大概治る」
「警察に突き出さないのか…?」
「あほ〜〜〜闇市で違法に薬売って稼いでたら強盗に遭いました〜!って言うんか〜!?俺もぶち込まれるわ!」
 別に麻薬を売っている訳では無いが、資格を持たぬ者が収益の申告もせずに薬を売ること事態に問題がある、なんて言わなくても分かることだろう。資格も取ろうと思えば取れるが、訳あって身分証明が困難なのだ。
「ありがとう…ありがとう…」
 男はボロボロと泣きながら壊れたラジオのように礼を繰り返す。
「あぁ、あ〜〜もうやめてや!俺が泣かしたみたいやん!泣きたいのは俺!ってかもうええからさっさとどっか行け!!二度と来んなアホ死ね!」
 男は礼を言って走り去った。小さくなる男の背中を見ながらまたため息を吐く。
「あークソ。強盗に遭ったのとソニちゃんに会えたのとで今日はプラマイゼロやな…俺の気分が。ソニちゃん、今日もキレイやったな…また会えへんかな〜」

1週間後

「お前に会いたいんとちゃうね゛ん゛!!!!だいたい次俺の前に現れたら殺す言うたよな!?」
「待ってくれ!あの日は本当にありがとう。あの後実は…」
 それはそれはなんとも信じ難い話であった。
男の母親がかの万能薬にて病が完治した後、元気だからと出歩いたそうだ。
 その日、私用で雨四光に訪れていた赤短市の富豪が、工場から違法に排出される毒素を吸って急を要する状態となっていたところ、母親が余っていた万能薬を使ったことにより一命を取り留めたのだという。
 そしてその富豪と母親が恋に落ちた。
「………は?」
「母さんはその人のこと、金持ちだって知らなかったんだ。金目当てで助けたんじゃないって知って惚れたらしい」
「あ…はぁ」
 お前の母親と富豪の馴れ初めなんぞ割とどうでもいいですよ、と言いたいのをぐっと堪えた。
「今はその人に経済学を学ばせてもらってるんだ。この知識を使ってちゃんと仕事をする。あの日は本当にすまなかった、それからありがとう。これはあの日の礼なんだ」

​ 男は紙袋を机に置いて去っていった。

 それは、まるで人が変わったかのようだった。いいや、変わったのかもしれない。
 一週間前、銃を持って現れた男が、今度は大金を持って礼を言いに来た。
 生活水準が上がれば人は教育は、手に持つものまで全てが違う。
 薬を渡したことに対して後悔はしていないが、何かを突きつけられたような気がして、吐き気がした。

「あぁ〜…きっしょ」

そうして吐き捨てたこの言葉を、自分は一体何に対して言ったのだろう。

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