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豆まき

三光区、昼下がりのとある空き地。背後には建設途中で中断となったであろう、骨組みが目立つ建物が陳列していた。ここは2人のお気に入りの場所だった。
世は節分。どこのスーパーに行っても必ず豆が並んでいる。アカタキとカルキは豆を購入し、空き地で節分を堪能していた。
「鬼はーーーー外!福はーーーーーー……おいし、まめ、ええな」
「福は内じゃないのか?」
「福は内やねんけど、言うより食べた方がな?幸福感増える気すんねん」
「そうか…」
モグモグと、特に濃い味がある訳でもないのに、節分の時に食べると一体なぜこんなにも美味しいのだろうかと幸せを胃に入れる。歳の数だけ豆をだなんてただの迷信だ。今日だけは好きなだけ豆を食べてやるのだと、まるでハムスターのように頬を膨らませていた。
先程の持論だが、豆のついでによく分からない例えを出す。
「だってな?たこ焼き!って言っても幸せにならんやん。でも本物のたこ焼き食うたらな?幸せやん…!うわどないしょ〜〜たこ焼き食べたなって来たわ!でも任務やらんなんし…う〜ん…」
「たこ焼き食べてから任務しよう。今日は最近三光区で問題を起こしてる暴漢の捕縛で体力を使うだろうし、何か食べてからの方がいい。」
アカタキは目を輝かせ、流石はカルキ、お前が世界で1番漢らしいと褒めたたえた。
空き地から場所を移し、たこ焼きを購入して三光区で最も大きな広場の噴水前に腰掛けた。
「やっぱたこ焼きは最高やな〜!ほら見てみ!このふわふわの中におるねん…福が…!!」
「タコじゃなくて?」
「おいカルキ!たこ焼きのタコは福そのものなんやで!?タコが無かったらな!?ただの”焼き”やん!!!」
「まぁ、うん…」
カルキは何でもかんでもよく分からない例えを出してくるアカタキに対し、今日は何かを例えたい日なのだろうと勝手に納得した。
自分もたこ焼きを食べようと口に含んだ。すると、自分たちの前を猛スピードで走り去る男が1人。
「!?」
「おあ!?お、俺今すっごい見覚えある尻尾見えたで!?」
ステンだ。あんなに早く走れるだなんて知らなかったと2人して驚きを隠せずにいた。しかし、それどころではない。ステンは何があったか知らないが数名の厳つい男に追いかけられていた。
「アイツなんで追いかけられてるんだ?」
「なんか楽しそうやな!すぐ混ざりたいけどな?せっかく作ってもらったたこ焼き残したらあかんからな?たこ焼き食うてから俺らも追いかけよ!」
「そうだな」
カルキはともかく、アカタキは鬼ごっこに参加するがために急ぎたこ焼きを食べた。
完食後、ステンがどこへ走り去ったか見るため、屋根から屋根へ、徐々に高いところを目指し足を運んだ。ステンはとにかく撒くぞ撒くぞと走っているのか、小難しい道ばかりを選んで行ったり来たりとしている。おかげでそんなに遠くまで行っていないようだった。
「おった!カルキ!行こ!」
「うん」
ステンの方へ向かい、彼が走る道沿いの家々の屋根から叫んだ。
「ステンさ〜ん!」
「ん!?アカタキくん!?カルキ!?」
「なんで追いかけられてるん!?」
「話すと長いから!後で!!」
どうも簡単な話ではなさそうだ。カルキは彼が男たちから逃れられるよう、身体から生えるケーブルを使いゴミ袋で道を塞いだ。ちょっとしたサポートをすると、簡単に撒くことが出来たようだ。
とある路地裏に入り、3人で空き家に身を潜めた。
「はぁ、はぁ、だいぶな、筋肉に自信ありそうな人やったな」
「はぁ…えっとな、説明します」
ステンは息を整えて事の発端を説明し始めた。
「いや家でな、ベランダから外に向けて豆まいてたらさ、下にさっきのヤバい人らが…通ってん」
「あ〜…俺なんとなく想像ついたかもしれん」
丁度30分ほど前のこと。
節分だ、豆まきだ、鬼は外福は内。クロスケが摩カンサクの任務に出ていたため先に帰宅したステンが一人そわそわと豆を用意していた。彼は意外にもイベントごとが好きなのだ。対し、クロスケはイベントではしゃぐ人間に妙に嫌な顔をする。
「よ〜〜っしゃクロスケにクソみたいな顔されん内に豆まいたろ〜」
そのため、ハロウィンやクリスマスのような強大なイベント以外は、こうしてひっそりと済ませていることが多いのだ。
しかし、クロスケの好き嫌いや手グセの悪さには、少なからず彼の元の環境が関わっていることは確か。わかってはいるが、そんな顔をしなくてもいいではないか、と一人虚しくしていた。
ウキウキとベランダに向かい、二階から外の空き地に向けて勢いよく豆をまいた。
「鬼は〜〜外!」
…なんとタイミングの悪いこと、丁度豆をまいた場所を見た目の厳つい男たちが通ってしまったのだ。
「あ」
「ヌァん!!?」
数名と目が合う。
「なぁにしとんじゃワレェ!!!!」
「いやほんま!すみませんーー!不可抗力やったんです!この通り!」
両手を合わせて謝り尽くすが、男たちは聞く耳を持たない。
「いてこましたろか!!!!ああん!???」
「あ、死んだ」
「そんな鬼ごっこしたいんかクソガキィィィ!!!」
男の鬼の形相に、死の危機を感じたステンは一目散に家から飛び出し、三光の街を駆け巡った。なんと筋肉ダルマと言わんばかりの男たちも、見事にステンの足に付いて来る。随分と走った頃だろうか、逃げ足の速いステンに苛立ちを覚えた男の一人がとんでもない言葉を発したのだ。
「お前このクソガキィィ!!!捕まえたらなぁ!!ボッキボキに骨折ってぶち犯したるわあああ!!!」
「え」
ステンやクロスケの住む三光区は同性愛者が国の中で最も多い。理由としては、区画の発展が乏しく、愛だの恋だの取り締まる余裕まで残っていないのだ。五光市などの政令指定都市では法律上寛容なものであるが、周囲の目を避けることに精神を擦り減らされる結果が見えている。ならばいっそ、と皆愛のために治安を捨てるのだ。
そう、脅しのために言っているのか、本気で言っているのかわからなかった。
「え、う、うわあああ!!うおああああああ嫌や!!!俺はソニちゃんが好き!!!ソニちゃんに童貞捧ぐって決めてるねん!!!!俺はソニちゃんが好き!!」
などと自己紹介を吐きそうになりながら始めた。
「なぁにゴチャゴチャ言っとんじゃこの龍人(リュウト)!!!鱗全部剥いだるわぁああ!!」
ボコしたると犯したるを間違って聞き取った可能性を考えたが、ここまで追いかけて来るのだ、いよいよヤる気が本気かもしれない。嫌な想像がどんどん頭を占める。1、本当にヤられるかもしれない。2、鱗の効能を知られ、飼い殺されるかもしれない。3、死
ゲイだのレズだの、別に不快に思うわけではない。友人にもLGBTQXタイプがたくさんいるのだ。しかし、自分が性被害にあうなんてたまったもんじゃない。心の傷は外傷よりもっともっと治りにくい。
こうなれば、もう足が折れるまで走ってやろう。そうしてアカタキたちの前を全速力で横切った次第だ。
ことの全貌を聞き、アカタキはただ一つ気になっていることがあった。
「ソニさんって、ウダさんと付き合ってなかった?」
「付き合ってるけど俺はソニちゃんが好きですから」
「ステンさん!寝取る気なん!?男としてどうかと思う!!しかもソニさんらレズやん!」
「おい!性ってのは不安定なもんなんやぞ!?突然男好きなることあってもおかしないやろ!逆も然り!!あと寝取ってへんから!別れるのを刻一刻と待ってるんや!別れたら速攻告る!!」
「二人とも落ち着け。今の問題はソニや性的嗜好やステンの尻じゃない。暴漢の処理だ」
激化する謎の言い合いを慎めるべく、カルキが二人の間に割って入った。しかし、ステンはカルキの胸ぐらを掴んで揺らす。
「大問題や!!捕まって殴られんのはええで!?正当防衛で殴り返すから!!!でも!捕まったらヤられるんやぞ!俺はソニちゃんに童貞捧ぐんやで!!?つまりヤり返せへんのや!!」
いつも冷静に物事を見れるステンだが、情報量が増え続け、処理時間を取れずにいると突然頭が回らなくなる。発している言葉も会話も危うくなってきた。
「豆まいたらケツに豆まかれるってか!!?アホちゃう!?イベントごとくらい楽しくさせてやーー!!」
ステンは少しばかり泣きながら訴えた。更には興奮して軽く炎を吐いている。あまりの迫力に気圧されたアカタキたちは一歩引いて宥める。
「ご、ごめんステンさん、お、お、俺らが一緒になんとかする。豆まきも後で一緒にやり直そ、たこ焼きも買いに行こ…!」
「はぁ…え、たこ焼き…?」
「そうだ、処理したら両方楽しめばいい。豆もたこ焼きも俺が買ってやるから、一旦その炎をしまってくれ」
「え、いや、たこ焼き…??」
巻き寿司ではなく?と疑問の顔を浮かべたステンだったが、巻き寿司たこ焼きはどうでも良く、安心感か何かもわからない感覚に襲われ思わずへたり込んだ。
「豆でもタコでもなんでもいいから俺のケツとチ○コだけは守ってくれ…頼む…」
「守る。それにお前があの暴漢を連れてきたことで、俺たちは探す手間が省けたんだ」
アカタキはもしかして、と携帯を確認した。
「あ!この顔!あいつらやんか!!見てステンさん!」
携帯の画面をステンに突きつけた。顔にぶつかりそうなほど近く、ステンは少々後ずさる。画面には「司令 近頃三光区で問題を起こしている暴漢4名、指名(歳)_…」と情報が並んでいる。顔写真は紛れもなくあの暴漢たちだった。
「え…任務?もしかしてこいつらの捕縛任されてんの?」
「そうだ、もう令が出ている」
カルキは携帯をポケットになおし、ステンの方を向いて言った。
「反撃するぞ」
3人ともアパートの屋上へ登り、ステンを探す暴漢たちを眺めた。そんな様子にゾッとする。
「…………………………俺はちょっとケツが心配なんでここから応援してます」
「う〜ん…まぁ、ヘルプが必要になったら少しだけ頼む」
「20%ぐらい頑張ります」
うんとは言わない。相当怯えているようだ。
「俺こんなビビってるステンさん初めて見るわ…大概ちゃかバコンバコンして火吐いて終わんのに」
「俺は正当性を保つために攻撃されてからやないと本気出さへんねん。でもあいつらは殴るんかヤるんかわからんやん。こっちから攻撃は出来んし捕まる訳にもいかんねん。わかって?必死やねん。助けて?」
「えらいこっちゃな〜」
物陰に隠れてビクビクする小動物のような状態の彼に、アカタキはポンポンと頭を撫でてやった。
「よっしゃ!まあ今日もカルキがケーブルで縛って終わりやろ!俺後ろでちょいちょい音鳴らしとくわ!」
「わかった」
2人は屋上から飛び降りて、暴漢たち取り締まりに行った。背後に飛び降りられた男たちは、すぐさま振り向いてカルキたちに罵声を浴びせる。
「ンんじゃガキどもぉ、何見とんじゃああ!」
「政令指定団体だ。団体からあんたらを捕縛するよう司令が出ている」
「ガキに何が出来るんや!あ─」
その唾を吐き飛ばす口を早く塞ぎたかったのだとカルキの顔にかいてある。彼は身体から大量のケーブルを生成し、暴漢のうち1人の口に突っ込んだ。更に電流を流して気絶させた。
他の男が殴りかかろうとするが、それはアカタキが防ぎ、次々と暴漢を気絶させていく。まとまったコンビネーションだ。
しかし問題があった。捕縛対象の男が1人いない。
「どこいったんだ…」

一方遠くからカルキたちの戦闘を眺めていたステンだが、着々と鎮圧される暴漢たちを見てホッと胸をなでおろした。
「よ、よかった〜、俺出る幕なさそ〜〜」
と言って屋上から降りようと振り向いた時、丁度拳を振りかぶっている暴漢が1人、そこにいた。
「!!」
そらきた!その素敵な1発を待っていました!なんてマゾヒストかと勘違いされそうな考えを過ぎらせる。こちらに気付いたか、遠くからカルキたちの声が聞こえた。
しかし避けるつもりは無い。今は犯されないなら何でも好都合だ。1発殴られて正当性を証明し、存分に殴り返す。ステンは頬の龍皮を適度に硬化させ、自身の外傷も作りつつ、まずは手の骨を折ってやろうと男を睨んだ。
もう衝撃が来ると目を瞑ったその時
「オゴッ」
なんとも情けない声と強烈な打撃音が耳に響く。
「え?」
目を開けば、そこには毎日見てる顔があった。
「く、クロスケ!」
「…」
クロスケは鉄パイプでコンクリートの床をカンカンと叩き、容赦なくもう1度男の頭を殴った。
「お前の今日の任務ってまさか」
危険な任務は蹴りとばすようにと口酸っぱく言っていたのに、お前ってやつはという気持ちと、弟のように思って手を焼いているこの少年に、助けてもらえて嬉しく思う気持ちが混ざって、どうにも表現のしようがない。
「クロスケ…お前…おまえ〜〜〜〜〜!!お前ほんまに〜〜〜!」
「〜〜〜〜ッッ!!〜!!」
鉄パイプをその辺に投げ捨てるクロスケに飛びついて抱き締めあげた。苦しそうだ。
「お前も後で豆まき強制参加やからな?もう今年からずっとや、お前がおる時しかイベントごとせんから、もう、毎日、豆、まく」
大急ぎで屋上へ戻ったアカタキとカルキは、無事を確認できて酷く安心した。そして息を荒らげながらアカタキが疑問を口にした。
「豆まきの豆って年中売ってるん?」
「…知らない」

暴漢を警察たちに任せ、4人で任務後の祝杯を上げている。皆、豆とたこ焼きと好みのジュースを用意して空き地で和気あいあいとしていた。ほんで巻き寿司は?というステンの言葉だが、何故か誰も気にしていなかった。何故なのだ。
「クロスケ、お前の体に福は内、福は内」
「〜〜!!!!ゴフッ!」
「クロスケ…やっぱりイベントごとは一緒にやらんなあかんわ…たこ焼きのタコが無くなったらただの”焼き”になるのと一緒で、イベントごとにお前欠けたらただの”ごと”やで」
「???」
そう言いながらステンはクロスケの口に無理やり数粒の豆を押し込んでいた。逃げようとしても手はがっちり後頭部へ、尻尾は腹に巻きつき全く隙がない。そしてそんな様子をカルキたちが眺めていた。
「なんかあの二人、だいぶ兄弟みたいになってきたな!」
「ステンは早い段階でクロスケのことを弟みたいに思ってたらしいから…」
「そうなん!?」
「だから、あとはクロスケが心を開くだけじゃないか?」
楽しそうに豆まきを勧めるステンに、嫌そうな顔をしながらも豆の入った袋を開けるクロスケ。仲がいい、悪いと言われるようなものではなく、なんだかんだ兄弟ですねと隣人にでも言われそうな様子であった。
カルキはクロスケの心を巣食う鬼だけが外に行けばと願った。



※ちなまに「ボコしたる」と「犯したる」の件ですが、暴漢は「ボコしたる」と言っていました。それをステンが聞き間違え、勝手に焦り自己紹介を始め、勝手に泣いていました。

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